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(シリーズ:はままつの街道物語 11 最終話)秋葉道―道を照らす―
秋葉街道には、街灯の役割をしていた常夜燈や、道案内をする道標などその面影が今でも残っています。浜北区貴布祢にある「秋葉街道貴布祢の道標」は、市の指定文化財で、信仰の道の十字路(笠井~宮口を結ぶ道と秋葉道の交差点)に立って… -
(シリーズ:はままつの街道物語⑩)秋葉道―信仰の道―
塩の道といわれた秋葉道ですが、秋葉道は「信仰の道」ともいわれます。秋葉山と鳳来寺に参詣するため、秋葉山、雲名、石打、熊、大平、巣山、大野、鳳来寺、新城、東海道御油に至ります。特に熊(天竜区熊)は、江戸時代には市場が開かれ… -
(シリーズ:はままつの街道物語⑨)秋葉道―塩の道・魚の道―
秋葉道は相良・掛川・森・犬居・秋葉山・向市場・水窪・西浦・青崩峠から信州へ行く道と、秋葉山・雲名・石打・熊・大平・巣山・大野・鳳来寺・新城・東海道御油に至る道が本道と言われています。前者は塩の道・魚の道と言われており、本… -
(シリーズ:はままつの街道物語⑧)東海道案内―幕末の浜松藩―
江戸時代歴代浜松城主が支配したのが浜松藩。もちろん現在の市域と一致しているわけではありません。現市内には、幕府領や旗本領、吉田(現豊橋)藩領などが混在していました。幕末の藩主井上家のころ制作された「東海道文間延絵図(ぶん… -
(シリーズ:はままつの街道物語⑦)東海道案内―にぎやかな東海道―
鎌倉・室町時代のひくま宿は、当時の東海道が天竜川(現在の馬込川)を渡る場所に栄えました。船越や早馬という地名からも、当時の東海道が今よりもやや北を通過していたことが分かります。江戸時代のはじめには、浜松城下町が大改造され… -
(シリーズ:はままつの街道物語⑥)東海道案内―古から続く歴史―
舞阪宿を東へ、馬郡町から篠原町までの江戸時代の東海道が旧道として残ります。増楽町から東若林町付近もところどころ松並木が残るなど、かつての街道の風情をたどることができます。しかし、古く奈良時代に建設された東海道は、のちの時… -
(シリーズ:はままつの街道物語⑤)東海道案内―今切の巻―
潮の流れが速い今切を船で渡るのは、昔も今も大変なことです。江戸時代の渡船場は「雁木(がんげ)」といい、荷物の積み降ろしをした「渡荷場(とうかば)」、旅人が利用した「本雁木」、大名や幕府の役人が利用した「北雁木」(市指定史… -
(シリーズ:はままつの街道物語④)姫街道案内―北区三ヶ日町の巻―
三ヶ日の町並みを抜けて姫街道を西へ。猪鼻湖へと注ぐ宇利山川を渡り、道は、三ヶ日町内を東西に流れる日比沢川に沿って穏やかな丘陵を縫うように伸び、徐々に高度を上げていきます。本坂の家並みを抜けると、いよいよ本坂峠に向かう急な… -
(シリーズ:はままつの街道物語③)姫街道案内―東区の巻―
三方原台地を南東へ向かう姫街道は、有玉西町で眼下に天竜川の平野を見ることになります。ここには二重坂(ふたえざか)、宇藤坂(うとうざか:写真1枚目)という二段の坂があって、馬込川岸まで一気に下ります。奈良時代の神明平遺跡や… -
(シリーズ:はままつの街道物語②)姫街道の松並木
三方原追分から気賀方面への道に進む道筋にある青々と茂る松並木。江戸時代の街道の雰囲気を醸し出しています。3.8キロメートルにわたって道の左側(南側)に続く浜松市指定史跡「姫街道の松並木」には、200本以上の松が植えられて…